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古びた家での僕の独断行動はロニやリアラにとってはかなり気に食わないものだったらしい。だからといってこの家の主が裏切り者で悪名高い=のものだということを告げるわけにもいかなかった。というよりも、この場でへの罵りを耳にするのが僕自身我慢出来そうにないからだ。だが、書斎に閉じこもる前にレクシアに後で報告することを約束されていた。それを理由に二人を引き止めてくれたレクシアの労力を考えれば、ここで嘘を報告することは恩を仇で返すような行為だろう。本人ではないことはもう十分に思い知ったけれど、にあまりにも良く似た顔を持つレクシアにそんな真似が出来るわけもなかった。
結局一晩書斎に閉じこもった言い訳は、18年前の騒乱に関する詳しい資料を探すためということにした。幸いベルクラントに関する資料はここには豊富にある。中身さえ見なければ、これらの本が夫妻の自作であることには気付かれないだろう。そもそも専門書に関心を持つようなメンツではないことは分かりきっている。夫妻が巧妙に隠した=の情報は意図を持って読み取らなければただの記号の羅列に変わってしまうので、その点も心配ない。
かなり苦しい言い訳だったが、写真立ての中にあったもう一枚の写真―――ヒューゴとクリス、ステアとタナットという、今にしては悪名高くなってしまった四人の若かりし頃の写真を見せて、ここには騒乱の貴重な資料が残されていたと誤魔化すことにした。
その際、リーネ村でレクシアに告げた『歴史についての調べ事』という適当な言い訳が効力を発揮した。
もちろんあれはレクシアがではいかということを疑ってのものだったのだが、今回に限ってはこの奇妙な行動を正当化させる言い訳にすり替わったというわけだ。レクシアの証言もあってか、今回ロニはさほど強く糾弾することはなかったが、確実に疑惑の芽は芽吹いている。素顔を仮面で隠し、何をするにも秘密だらけ。カイルに対して過保護なまでに反応するロニからすれば、僕は手の内を見せない怪しい奴には違いないのだろう。あの様子を見ていれば、ロニとは近い内に衝突することになるかもしれない。……その時はその時で遠くからこいつらを見守るまでだが。
結局古びた家での出来事は、真実を織り交ぜながらも適度にお茶に濁してうやむやにするしかなかった。それでも極力避けていた18年前の騒乱を語らざるを得なくなったのは、仕方のないことだろう。
霧の中の強行軍はともすれば重くがちな空気を払拭するかのような明るいカイルの声と、積極的に話題を振ったレクシアのお陰で、幾分マシな状態で僕たちはノイシュタット入りすることとなった。
消せない想い
Tales of destiny
and 2 dream novel
29 その涙のわけを教えて
ようやく辿り着いたノイシュタット港ではなにやら不穏な空気が漂っていた。
遠目からでも分かる。乗客らしき人物と船員が口論……とまではいかないが、何やら深刻そうに話し合っている。その様子に気が付いたらしいカイルが、案の定何も考えずに飛び出していった。
「ねぇ、なにかあったの?」
「船の修理がまだ終わらないそうなんです」
「申し訳ありません。修理に手間取っておりまして……すみませんが、少々お時間をいただけますか?」
明らかに下っ端だろう、クレームに対応するという損な役回りを押し付けられた小柄な船員が申し訳なさそうに頭を下げる。どうもこうもなく、これではハイデルベルグへは向かえない。それはロニにも分かったようで、旅の主導権を握るカイルに質問を投げかけた。
「おい、どうするよ、カイル?この調子じゃ、いつ船が出るかわかったもんじゃないぜ」
「だが、ハイデルベルグへは海路で行くより他に方法がない。ひたすら待つしかないだろう」
「う〜ん……ただ待ってるだけって退屈だし、どうしよっか?」
「すみません、よろしいですか?いずれも腕の立つ旅の武芸者とお見受けしますが……」
恐らくこのタイミングを見計らっていたのだろう。先ほどから近くで不穏な動きをしていることは捉えていたが、本当にこちらへ来るとは思わなかった。呆れ半分、感心半分で揉み手をしながら寄って来た男を見定める。
身なりは良かったが、貼り付けた笑顔にまるで品がない。どう考えてみても胡散臭さしか感じない、商人風の男だった。
「あれれ、やっぱりそう見えちゃう?へへへ……いやぁ、まいったなぁ!英雄としのカンロクみたいなものがこう自然に出ちゃうって感じ?」
パーティ中のほとんどが男に対して警戒心を剥き出しにしているさなか、能天気な返事を返したのは案の定というか何と言うか、カイルだった。
「英雄のカンロク……?おお、感じます、感じますとも!いかにもといった勇ましい顔つきをしていらっしゃる!ところで、その英雄さま方に折り入ってお願いがあるのですが……聞いてはいただけませんでしょうか?」
「OK、OK!なんでも言ってよ。英雄カイルさまがひょひょいっとかたづけちゃうから!」
「まあ、ここではなんですので、気が向きましたら私どものあばら家へ、お越しくださいませ。市街地の、北の方にございます。いつでもお好きな時にいらしてください」
……駄目だ、完全に乗せられている。
所詮自分の醜い腹をぶくぶくと肥やすような話しかしないのだろう。顔色さえ読めば簡単に分かるはずの男の真意も、見え透いたおべっかにのぼせあがっているカイルでは分かるはずもない。
「……おい、カイル。まさか、さっきの話受けるつもりじゃないだろうな?」
ロニの善意の言葉は、正しい意味でカイルには伝わらなかった。
「もちろん、引き受けるさ!困っている人を助けるのが英雄ってもんだろ!さっ、行こうぜ!困っている人が英雄を待ちわびてるんだからさ」
こうなってしまうと頑固だということは父親そっくりだった。……まだスタンは疑う頭を多少なりとも兼ね揃えていた分、マシではあったが。
とにかく、一人でも突っ走りかねないカイルをそのままにしておくわけにもいくまい。次から次へとまるで順番待ちをしているかのように舞い込んでくる面倒事にため息が漏れるのも仕方のないことだった。
まぁ、救いと言ってもなんだが、あの男程度の謀り事など所詮小悪党程度のものだろう。今の内にカイルは小さな火傷くらいは体験しておいたほうがいいのかもしれない。このままではあまりにも世間知らずすぎる。
「何か言うと思ったのに。本当にいいの?」
「僕はそこまで過保護じゃない」
小首を傾げるレクシアの言葉をとっとと切り捨てて、今にも走り出さんばかりのカイルの背中を追う。
「………十分過保護だと思うけど」
恐らく真意まで読んだのだろう。くすりと笑って漏らされた背後からの声は、この際聞かなかったことにした。
「おお、お待ちしておりましたぞ!必ず来てくださるものと信じておりました!」
読み通りというか何と言うか、男の根城は悪趣味な装飾で塗りたくったコテコテの成り上がり風な屋敷だった。その中を物珍しそうに歩きながら辿り着いたカイルを、男は諸手を挙げて歓迎した。
「あったりまえさ!困っている人を助けるのも英雄たるものの使命だからね」
「……で、俺たちに頼みたいことってのはなんだ?」
浮かれきったカイルの声とは対照的に簡潔に要求を問いかけたのはロニだ。恐らく、内容を聞いてからこの件をどうするか考えているのだろう。過保護な奴の考えることなんてしれている。
「実はですな、以前この街にオベロン社という大企業の支部がありまして……先の大乱でオベロン社が消滅したあと、そこの金庫に納められていた宝も露のように消え失せてしまいました。ところが、私が調べましたところ、その宝が街の近くの廃坑に眠っていることがわかったのです」
小悪党程度。そうタカを括っていたからこそ、男が告げた話の内容には意表を突かれた。
次に覚えたのは、猛烈なまでの嫌悪感。揉み手をしながらカイルに近寄っていく男の頭の中は今頃卑しい妄想でいっぱいになっているのだろう。そう推測すればするほどに、吐き気を催さんばかりの気持ち悪さで頭がクラクラとした。
「つまり、『その宝を取ってきてほしい』……そういうわけか?」
「お礼はいくらでもいたします故なにとぞ、なにとぞよろしくお願い申し上げます」
ノイシュタット支部を任されていた女の名はイレーヌ=レンブラント。
彼女が一体どんな信念を持ち、どんな想いでヒューゴに加担していたのか知りすぎるくらいに僕は知ってしまっていた。何かを守りたい……マリアンを守るという大義名分を掲げた僕と同じように、をヒューゴに差し出した彼女。守るための犠牲をどんな気持ちで送り出していったのだろう。
本来ならば尊いものとして扱われるはずの想いも今や、こんな醜男の飽くなき妄想を叶える手段にされているという事実を鼻先に突きつけられて黙っていられるほど僕はお人好しではなかった。
「……貴様、どこから嗅ぎつけた?彼女の遺言状にしか記されていないことを貴様がなぜ知っている?」
「イ、イレーヌさまの遺言状など私どもは、つゆと存じ上げません!すべて、偶然に知ったことでして……」
……容易い。簡単にボロが出る。
「おかしいな、僕は『彼女』と言っただけだ。イレーヌなどとは一言も言ってないぞ?」
「そ、それは……」
「おいおい、ジューダス。なに突っかかってんだよ!おっさん、怯えてるだろうが」
変に横槍を入れてくるロニの方こそ僕にとっては理解不能だ。こいつはイレーヌの痛みも想いも何も知らずに、ぬけぬけとこんなことを言い出すような男だぞ?
「怯えている?図星を突かれて慌てているだけだろうが」
「ず、図星などとは言いがかりだ!こんなことならこの話、なかったことに……」
彼女を思えば、それこそ願ったり叶ったりだ。
だが、宝探しという面白そうな出来事を前にしたカイルが茶々を入れた。僕の前に立ちふさがり、一気に会話を収束に向かわせるという荒業に出たのだ。
「わ〜〜っ!と、とにかく!宝を持ってくればいいんだよね?」
「……まぁ、そうですが。しかし……」
「よし、分かった!待っててよ、おじさん。オレたちが必ず持って帰って来るから!」
………押しのけようと思えば、多分、出来た。でもそれをしなかったのは、割り込んできたカイルの向こうでレクシアの顔を見てしまったからだ。
その時レクシアは不信そうな顔色を浮かべただけで、これと言って目に付くようなことはしていなかった。そう、何もしていなかったのだ。だけれども、そっくりな顔でこちらを見ているという事実は僕を冷静にさせるには十分の出来事だった。
気持ちを落ち着かせて考えてみれば、案外これはチャンスなのかもしれない。男が他の頭の弱い冒険者に声をかけるよりは、僕たちが処理すれば……立ち回り次第でどうとでもなる。そのことに気がついた瞬間、彼女の想いくらいはせめて守ってやりたいと思った。イレーヌの残した財産を本当の意味で守ることが出来る人はきっともうどこにもいないだろうから。
そうだろう、?
* * *
差別と格差の街ノイシュタットが真の意味で平等になったのは、奇しくも18年前の騒乱があったからだった。
無差別に天から降り注いだ大地のなれの果ては、お兄ちゃんが言うにはたくさんの村や街を潰してしまったらしい。そして、それはノイシュタットも例外ではなかった。あの日のことを思い出せば今でも体に震えが走る。大きな地面の塊は上層、下層も関係なく一瞬にして街を滅茶苦茶に壊してしまった。そうして後に残ったのは……例えがちょっと悪いけれど、まるでお祭りみたいな大騒ぎ。皆が皆パニックになって、本当に大変だった。
燃え盛る炎と叫び声の中、それでも私たちは生きていた。悪運があるって言ってもいいのかもしれない。あの騒ぎで、たくさん人が死んでしまったから。
とにかく生き延びた私たちに待っていたのは、未だに金持ち意識の抜けない上層の人たちの傲慢な物言いだった。家や財産を失って絶望してるかと思ったら、今度は残された食料の利権争いにしゃしゃり出てくるんだもの。おかしいね。いつも食べ物のお金が払えなかった私たちを馬鹿にしていたのに、自分がお金がなくなったら当たり前のように奪っていこうとするんだもの。でもそんな弱肉強食の状態になった街の中で物資の奪い合いに加わろうとするには、上層の人たちは場慣れしていなさ過ぎた。
つまり元々過酷な環境の中に身を置いていた私たちの方が、有事の時は圧倒的に動くことが出来たということ。今まで虐げ続けられていた私たち下層の人間が、上層の人たちに仕返しをするまたとないチャンスだったと思う。……でも、私たちは仕返しを選ばなかった。お兄ちゃんとシャロお姉ちゃんがいたから。
お兄ちゃんは子供たちのリーダーだった。
シャロお姉ちゃんはお金持ちの子だったけれど、私たちに親切だった。
私たちは親もお金も立派な家もなかったけれど、何よりも固い絆で繋がりあった仲間がいた。一緒に新しい歌を覚えた。ひもじい時はシャロお姉ちゃんやイレーヌさんやおねえちゃんが持ってきてくれた差し入れに皆でかぶりついた。苦しいときは全員で支えあったし、嬉しいことがあったら分け合った。そんな苦楽を共にした仲間が本当に大変な時、助けないなんて選択肢があるわけなかった。
私たちは下層の人たちに呼びかけた。上層の人たちは虐げるばかりじゃないんだって。酷いことをする人ももちろんいる。たくさんいる。苦しい思いもしたし、痛いことも。悲しいこともいっぱい、いっぱいあった。でも、その中でもシャロお姉ちゃんやイレーヌさんみたいな優しい人もいた。今じゃ裏切り者の極悪人、最低な尻軽女だなんて酷いこと言いふらす人たちがいるけど―――信じてる。
いつもニコニコ笑ってて、素敵なお歌をたくさん知っていて、一緒になって走り回ってくれた人。荒みきっていた私たちに安らぎと笑顔を与えてくれた、おねえちゃん。
そんな人たちがいたこの場所で、新しくやり直そうよ。
何もかもが簡単に出来たわけではなかったけれど、一つ一つ体当たりで挑んでいけば。辛い時に一緒になって支えてくれる仲間たちがいれば。―――そうしてこの街は生まれ変わった。
おねえちゃんやイレーヌさんが願ったように、差別も格差もない、本当の意味で平等な街へ。
「………見せたかった。この街を」
もう地面を這いつくばって食べ物を漁る子供はいない。ボロ布みたいな服をまとって俯いている大人もいない。ちゃんとした服を着て、靴を履いて、毎日温かい食事がある。何か困っている人が「大丈夫?」って声をかけることが出来る。そんな私たちの自慢の街を、誰よりも平等を願っていたあの人たちへ。
「何でいなくなってしまったの………?」
帰ってくるって。必ず帰ってくるって、そうお兄ちゃんと約束したんじゃなかったの?ねぇ、どうしてこんなに素敵に生まれ変わることの出来たこの場所を、私たちを置いて逝ってしまったの……?
おねえちゃん。
イレーヌさん。
今はもうこの世界のどこにもいない大好きな人たちを想う。
「報告遅くなっちゃった。でもきっと二人は喜んでくれると思う」
お母さんみたいに優しくって色々世話を焼いてくれたイレーヌさん。とっても綺麗で知らないことをたくさん知ってる私の憧れをぎゅっと固めたみたいなおねえちゃん。二人とも、本当に本物の家族みたいな人って思ってた。ずっと傍で見守っていて欲しかった。
「私ね……今度、結婚することになりました」
お兄ちゃんは頼りない!って拗ねてたけど、相手の人は優しい人です。いつも私のことを気にかけてくれます。どんなことがあっても、私がおばあちゃんになっても一緒に手を繋いで歩いていける人です。私のことをとっても大切にしてくれて、私にとっても大切な人。
そんな人と結ばれることになりました。私は今、とても幸福です。―――けれど、本当は。
子供の頃夢見たお姫さまみたいな純白のドレス。そのドレスを着た私を見てきっと祝福してくれたはずの人たち。叶わないことはもう十分すぎるくらい知っているけれど。
「結婚式、見て欲しかったなぁ……」
幸せ色に染まる優しい空間を、もう一度一緒に味わいたかった。
街外れには少し小高い丘があって、そこにはこぢんまりとした石の十字架がいくつもならんでいる。そこにあの人たちがいるわけでもないけれど、せめて気持ちを残す場所は作っておきたいって、私たち皆で作った大切な人たちのお墓。
そっと触れてみるとひんやりとした感触が指先を通して伝わってくる。この場所は、18年経った今でも花が絶えることはない。
「それじゃあイレーヌさん、おねえちゃん。私、行きます。……あの人が待ってるから」
今日は二人が大好きだった桜の枝が添えられていた。多分、お兄ちゃんとシャロお姉ちゃんだと思う。二人が一緒になった報告も丁度季節が巡る前だった。貧しかったけれど幸せに充ち溢れていたあの頃のことは未だ昨日のことのように思い出せるのに、時間だけは確実に流れていることをこんな時実感してしまう。
物心ついた時には、私とお兄ちゃんはじめじめした暗い路地裏で膝を抱えて蹲っていた。
そこへイレーヌさんがやってきた。おなか減ってない?そう言って御馳走してくれたほかほかのアップルパイ。
イレーヌさんはお仕事で街を離れてしまった。寂しかった。イレーヌさんは私たちのことなんて忘れてしまったと思った。
でも、ある日やって来たのはさらさらの銀の髪がとっても綺麗なおねえちゃん。お財布ごと全部私たちに渡して……気がついた時には私たちの傍にいてくれた。たくさんの素敵なお歌を知っていて、遊んでくれて、いつも私たちをワクワクさせてくれた。
そんなお歌に惹かれて次にやって来たのは、シャロお姉ちゃん。気がついたら、イレーヌさんも美味しいアップルパイを持ってまた遊びに来てくれるようになっていて。
本当に、ほんとうに、楽しかった。おねえちゃんがいた時間はいつも笑顔が溢れていた。お金がなくてひもじくても、幸せだけはお腹いっぱい満たすことが出来た。
………それが、どうしてこんなことになってしまったんだろう。あんなに優しかったおねえちゃんやイレーヌさんををどうして皆、寄ってたかって悪く言うんだろう。本に書かれていることを丸ごと鵜呑みにして、どうして本物の二人も知らないであんな酷いことを言えるんだろう。それを素直に口にしてしまえばどんな風に見られるかという事はもう分かっていた。だけど、これは私にとっても譲れないことで、でも年を重ねるということは無垢なままでいられるという訳じゃなくて。
だからこの、二つの十字架の前でだけは素直でちょっぴりお喋りになった私でいたいと誓っている。今度はあの人も連れて。全てを話しても受け止めてくれたあの人は、白い花を添えてくれることを約束してくれた。
丘を下って、薄桃色の花が咲き誇る並木道をゆっくりと歩いてく。落ちた外殻はこの辺りを外していたので、桜並木はあの頃と何一つ変わらない。ひらひらと艶やかに舞い散る薄桃色の吹雪に魅せられてだろうか、それともさっきまで二人のお墓の前にいたから?変わらない景色を前にすると、目の前を小さな子供たちとおねえちゃんが楽しそうに歌いながら駆けていくような錯覚を覚えた。
――――それは、とても幸福な風景だった。
「そんなわけ……あるわけないのにね」
お兄ちゃんとシャロお姉ちゃんは口げんかしていて。
おねえちゃんはそれを困ったように宥めていて。
皆は好き勝手に走り回ってて。
後ろではイレーヌさんが悪戯っぽい瞳で微笑んでいる。
そうして私は、おねえちゃんの手を引いているの。
そんなことある訳ない。痛いくらいに分かってはいても、その光景は私の中にどうしようもなく焦がれる気持ちを残してゆく。
桜が見せた幻想だということは分かっていた。すれ違った人たちは本当は子供たちじゃなくて、もっと年を重ねた人たち。そう、丁度、おねえちゃんくらいの年の―――…
「……………え?」
うそ。咄嗟に呟いた言葉は風にかき消されてしまった。
でも、だって、ううん、私が見間違えるはずない。髪型とかちょっと変わっているけど、憧れだった人を勘違いなんてしない。……だって、だって……!
「………おねえちゃん?」
今度こそ音になって零れ落ちた言葉は、微かに震えていたのが分かった。
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09.5.12執筆
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