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「ええと……?」
『レクシア』と名乗った女の困惑したような声を聞いて、はっと我に返った。……まずい。あまりにもじろじろ見すぎたか。
「いや、すまない。知人の顔にあまりにもよく似ていたから……つい見てしまった」
「まぁ、そうだったの。あんまりにも熱心に見られたから、ちょっと緊張しちゃったのに」
「………は?」
「くすくす。冗談よ」
「レクシアさん!僕も!僕も熱心に見ていますよ!」
「うふふ、ありがとう。えーっと、ロニさんでしたっけ?」
「はいそうです、レクシアさん!」
「あー……またロニが始まったよ…」
呆れるカイルをよそに、美女を前にしたロニの暴走は止まらない。結局はいつも通りの光景だ。ロニの口説いている相手が、=に瓜二つな女でなければ。
………あいつ、ではないのか?
考えてみれば当たり前のことである。歴史書の記述が正しいのであれば、=は18年前の神の目を巡る騒乱ですでに死亡している。
ならばここで立って談笑をしている女は、とは別人であると考えるのが筋の通る話というものだろう。だが、僕はすでに例外を知ってしまっていた。その存在こそ……この『リオン=マグナス』だ。例外がある以上、にも同じケースが当てはまるということは十分考え得るものだった。
なにせあの女が僕を選んだ基準は『英雄になり損ない、無念の内に死んだ裏切り者』だった。同じことはにも当てはまるのではないか?そう考えれば辻褄の合う話だ。
「はいはい!雑談もいいけれど、せっかくのお夕食が冷めてしまうわ。みなさん、席に座ってちょうだい」
リリスの音頭で皆が一斉に席に着く。レクシアも勿論一緒に座った。何の因果か僕の目の前の席だ。
「リリスさんのご飯はとっても美味しいのよ。期待してていいからね」
くすくすと悪戯っぽくレクシアは笑う。―――僕が最期に見たの表情は、今にも粉々に砕け散ってしまうガラス細工のような泣き顔だった。その表情があまりにも鮮烈できっと忘れる事なんて出来ないと思っていたのに……こうしてそっくりの笑顔を見てしまえば、記憶の中に埋もれてしまっていたいくつもの彼女の表情が浮かび上がってくる。
笑って、泣いて、怒って、苦しんで、喜んで。そうしてくるくると表情を変えたの表情と、目の前の女はあまりにも似すぎていた。見覚えのありすぎる表情を目の前に突きつけられるのが、痛い。
結局僕は、食事が終わってもレクシア=説を否定できる材料を見つけることが出来なかった。
消せない想い
Tales of destiny
and 2 dream novel
27 英雄を求める旅路
僕がレクシアがではないかと疑った理由はいくつかある。
まずはあのいけすかない女の存在。あの女のいらぬお節介には辟易していたが、なにもそれは僕一人に限ったことではない。話の中であいつは僕以外にも英雄になり損なった男を蘇らせたと漏らしていた。僕の後にを生き返らせていたとしてもおかしい話ではない。……普通に考えれば、人の常識を越えた突飛な話ではあるが。
次に挙げられるのはあまりにも似すぎている顔。そっくりさんがいるとは言っても、年の頃、身長や体型といったものまでがほとんど変わらないというのは、まずありえない。僕はあいつのデータを正確に把握しているわけではないが、仮にも一年間近くにいて背格好を間違えたりはしない。髪の色は確かには銀色だったが……色は染めてしまえば済む話だ。長さだって短くする分には簡単すぎる。
最後に、仕草。どことなく動きに―――見覚えがあるような気がする。
僕にしてはかなりぶっ飛んだ発想であるという自覚はあった。だが、頭の中でガンガンと警鐘が鳴っているんだ。あいつだ、と。この直感は外れていないような気がした。
『おかしいですよ。ちゃんはこの世界ではすでに亡くなっているんです』
だが、シャルは僕の意見とは反対らしい。
『レクシアがちゃんだったらどれだけ嬉しいか。……でも、それなら辻褄が合わないんです』
「……あの女が関与したと考えれば、多少の疑問は解決する」
『勿論それも分かっています。それを引っこ抜いても、さっきのレクシアの言動はちゃんと重ならない』
「言動、か?」
『坊ちゃんがレクシアを見た時、彼女の反応はどうでしたか?……ちゃんはあんな冗談を言う子でしたか?』
「………」
『ちゃんは色恋沙汰に疎かった。あんな冗談交じりの切り返しなんて出来る子じゃありません。ロニに対してもそうです』
それは坊ちゃんも知っているでしょう?付け加えられたシャルの言葉は、どこか諭すような口ぶりだった。
『それにもし本当にレクシアがちゃんだったのだとしたら、坊ちゃんを見たら絶対に反応すると思います』
「………一応、素顔は隠している」
『勿論です。それに一度は……その、死んだとされる人間が生き返ってると思う人はまずいません。その思い込みのお陰で坊ちゃんは気づかれません。でも、ちゃんは違う。絶対に坊ちゃんを見つけたら気づきます』
シャルのその断言が、なんだか癪に障った。ならば、小さな頃の僕を盲信し続けたあいつは何だ。
「一度は気が付かなかったのに?」
『だからこそです』
……だから、レクシアはではない。リオン=マグナスを見て平静を装えるほど器用ではないとシャルは言っているのだ。もちろんそっくりのレクシアを見てこちら側に動揺がなかったと言えば嘘になる。けれども、それを差し引いてもレクシアの反応は知らない人間を相手にするそれだった。
『………ちゃんに兄弟とかがいたとして、その娘だとか考えた方がまだ自然なんですよ』
「あいつは一人っ子だと聞いていたが」
『親から与えられた情報だけが全てじゃないのは、坊ちゃんの方がよく知っているはずです』
さっきまでレクシアはではないかと考えていたのに、こうも正論を並びたてられてしまうと言葉が出ない。……らしくないのは分かっていた。
『僕たちは名前だけのちゃんを知っているんじゃないんです。方向音痴で、研究のことになったら色んなことがアッチに行っちゃって、料理が下手で、不器用で、でも誰よりも人のことを思いやれて、喜んで、妙に素直で、いつも笑っていたちゃんを知っているんです。………それを大事にしたいって坊ちゃんも思っているはずなんじゃないですか?』
リオン=マグナスが死を迎えるその瞬間まで傍にいて支え続けたシャルだからこそ言える言葉だった。あの時僕が何を思い、感じていたのかシャルには筒抜けだったのだろう。
「………罪悪感から、レクシアをと思い込もうとしているつもりはなかったんだが」
『決めるのはまだ早いってことですよ。とにかく、もう少し話を聞いてみて様子を聞き出してみましょう』
……まったく調子がいい。
けれども、このやりとりこそが僕にとっての日常だった。マリアンがいて、騒がしい奴らが増えた。そこで得たものを今さら懐かしがるだなんて、滑稽なのは分かっている。それでも思わずにはいられなかった。18年という長い月日、僕にとっては一瞬で駆け抜けた日々を。
レクシアの話を抜きにして、もしもが生きていたとしたら。……彼女はどうしていただろう。
肩口で揺れる白い髪の女の姿をようやく目に留めて、僕は疑問を投げかけることにした。こういうことはさっさとハッキリさせたい。
「……手を貸す」
「あら、ジューダスさん?わざわざありがとう。でもいつもやってることだし、お客様はゆっくりしてもらわなきゃ」
「ここまで来て手ぶらで帰るのも間抜けだ」
「う〜ん……。じゃあお言葉に甘えて、お願いしますね」
そう言って渡された薪の塊は、思いのほかずしりとした重さだった。これを細腕で持つには少々荷が重いのではないかと尋ねてみれば、慣れちゃいましたとレクシアはくすりと笑う。
「そういえば先ほど、ここで世話になっていると言ったがレクシアはリリスの親族か何かなのか?」
「……おせっかいかもしれませんが、年上の方にそんな呼び方するものじゃないと思います」
どうでもいいじゃないか!そう怒鳴りたくなったのを寸前でこらえる。かまをかけたつもりが、逆に言葉の上げ足を取られてしまった。困ったように眉根を寄せるレクシアの様子に調子が狂う。
「……レクシアはリリス…さんの親族か何なのか?」
イライラしながらも聞き出したいことがある以上、ここは折れてやることにした。ここで話の腰を折ってしまっては何も始まらない。と同じ顔で余計なおせっかいをかけられるのはかなり不本意なことだが。
「いいえ、違うわ。確かにリーネに用事はあったのだけれどすぐに帰る予定だったし……実はリリスさんとお話したのも最近のことなの」
「どういうことだ?」
「………観光しようと思ってリーネへ向かう途中、モンスターに襲われてしまって。怪我をして倒れていたところをリリスさんに保護してもらったの。最近ようやく怪我が治って、リハビリがてらに羊番をさせて頂いているわ」
「こんなところまでわざわざ観光とは、ずいぶんな物好きだな」
「確かに英雄スタン=エルロンの出身地って期待をして来ちゃうと、少し物足りなくは感じるかもしれないけれど……でもリーネには他にはない素敵なところがたくさんあったわ」
例えば、この綺麗な景色。羊たちを連れて遠くの丘まで登ると、景色をまるごと独り占め出来た気持ちになってとってもお得よ。あどけない少女のように微笑みながらレクシアは言う。
「……フン、僕には分からんがな」
少し困ったようなにレクシアが眉根を寄せたような気がした。何かを口にしようか迷っているようにも見えたが、結局は口を窄めたまま話を流すことに決めたようだ。気まずい沈黙を払拭するかのように、話題を変えて話しかけてきた。
「でも、そろそろハイデルベルクの家に帰ろうと思っているのよ。思ったより長い滞在になってしまったし、手紙を書いたとはいえ両親も心配してると思うから……」
「出発は決めているのか?」
「ええ、近いうちに出るってもうリリスさんにも言ってあるの。あとは踏ん切りと覚悟……だけかしら?」
「踏ん切りと覚悟?」
「白雲の尾根を一人で越えるには少し心もとないから。だから、踏ん切りと覚悟」
あそこって霧に覆われていて、方向感覚が狂いやすいから。そう言って困ったようにレクシアは笑う。……その見覚えのありすぎる苦笑に、咄嗟に言葉が出た。
「奇遇だな。僕たちもこれからハイデルベルグに向かう予定だ。家に帰る予定ならば、途中まで一緒に行けばいい。一人で越えるよりは人数がいる方が安心だろう」
「え……!?いいんですか?」
思わず口から滑り出してしまった言葉だったが、途端明るくなったレクシアの表情を見ると引っ込みがつかなくなってしまった。
「別に構わない」
「でも、その……確かにわたしにとってはとても助かることなんですが……みなさんのご迷惑では……?」
「カイルたちなら心配いらない。同行者が増えることに関してむしろ喜ぶようなヤツだ。僕から伝えておく」
「……分かりました。そういうことでしたら、是非お願いします」
逡巡していたが、自分の中で決着がついたらしい。覚悟を決めたようにやけにはっきりとした口調でレクシアは頭を下げた。―――僕からすればのようにしか見えない仕草で。
「でも、少し時間を頂けないでしょうか?みなさんと一緒の出発となると、それまでにすませておきたいことがいくつかありますから」
「構わん。その間に話を通しておこう」
「はい。お願いします………ふふっ」
「……何だ?」
「いえ、実はジューダスさんって少し怖い方かと思っていたの。その……失礼を承知で言いますが、仮面を被っているでしょう?だからつい構えちゃっていたんですね」
「………」
「色々気を使って頂いてありがとうございます。……今日お話しできて本当に良かった。ぶっきらぼうに見えて優しい方なんですね」
言われ慣れない讃辞はむず痒い。思いもかけなかったレクシアの言葉に一瞬だけ言葉が詰まった。それを誤魔化すかのように、もう十分すぎるくらいに積んだ薪へと体を向けた。
シャルが何かを言いたそうだが、そんなこと知るか!
「――――…薪は、このくらいで十分だろう」
「あ、はい!ありがとうございました。後はわたしに任せて下さいね」
「……ああ」
予想外のレクシアの言葉に不本意ながら動揺してしまったが、本題をまだ聞けていない。最後とばかりに続けた言葉が不自然なものにならないよう、注意を払いながら言葉を選んだ。
「それからもう一つ。今、歴史について調べ事をしている途中で、聞きたいことがあるのだが」
「はい?わたしが答えられる範囲のものでよろしかったら」
「――――裏切り者の=を女性の立場から見た意見を言って欲しい」
「=ですか……?」
「ああ」
「そうですね……。確か本では、圧倒的な力を奮ったヒューゴと共に世界制圧を目指して、彼の傍を寄り添ったといわれていましたよね」
「そうだな」
「……良く、分からないです。わたしが子供だから言うのかもしれませんけど……力のために好きでもない人と一緒になるなんて人の気持ちは。それに、世界を手に入れるためにたくさんの人が不幸になってもいいと考えられるということも」
「……そうか」
「お役に立てましたか?」
「ああ、参考になった。感謝する」
「いえ、こちらこそ。出発の時はよろしくお願いしますね」
レクシアに背を向けて歩きながら、僕は胸の中に広がる落胆に溜息を吐いた。………やはり、シャルが言うように僕の思い違いだったのか。
『……随分、ちゃんと雰囲気が違いましたね』
「それなりに頭が回りそうだ。決断も早い。口調もそうだが、石橋を叩いて渡るあいつとタイプが違うな。……極めつけがあれだ」
『そうですね』
「今回ばかりはシャルの言う通りだ。マリーのような記憶喪失も疑ってみたが、実家がスラスラと出てくる辺りで見込みは薄いな」
『坊ちゃん、がっかりしていますか?』
「もしも会えたとしても、気まずくなるだけのことなんだがな」
シャルへの返事はそれで十分だった。長い付き合いだ。最後まで言わなくても分かってくれるという関係は、こんな時とても便利だ。
「行くぞ」
今更すぎることだがカイル達にレクシアの同行を許可してもらわなければならない。あくまでこの旅のメインはカイルだ。おそらくほぼ100%許可されるだろうが。見てくれだけは綺麗だったと瓜二つの女なのだから、僕を疑っているロニでもこの話は諸手をあげて歓迎するに違いなかった。
そんな簡単な計算を巡らせながら、悪あがきのようにレクシアに固執しようとしている自分に呆れてしまう。……似ている。でも違う。中途半端なレクシアの存在は、否が応でも僕に18年前の記憶を突き付ける。そしてそれこそが、裏切り者の僕に相応しい罰のように思えた。
調査をするにあたって主観的意見と客観的意見の双方を聞くことは基本中の基本だ。
レクシアの発言から考えると彼女がであるという可能性はかなり低かったが、あくまでそれは主観的意見での話だ。彼女のことをある程度知っている客観的な立場の人間から話を聞かなければ、聞き取り調査としてはあくまで不十分だ。
の死の真相を探る―――…旅の始まりで固めた決意が、このような形で実現するのは思ってもみないことではあった。しかも人違いであったとしたら何の進展にもならない上に、その可能性は高い。それでも何もしないでいるよりはずっとマシな気がした。
「聞きたいことがあるのだが……」
「あら、何かしら?」
食器の後片付けが終わり、余暇の時間を楽しんでいたのだろう。器用な指使いで編み物を進めていたリリスは作業の手を止めて言った。
「ノイシュタットへ向かうには白雲の尾根を越える必要がある。……あそこのモンスターは手強いのだろうか?」
評判は地に落ちていても元はセインガルドの客員剣士を務めていた。その上、歴史上では四英雄相手に一人で時間稼ぎをした自分だ。はっきり言ってそこいらのモンスターが脅威になることは、まずない。……それでもこんな形で話を切り出したのは、リリスこそが客観的意見を口に出来るリーネ村で唯一の存在ではないかと睨んだからだった。
「あなたがそれを心配する必要はないように思えるけれど」
「……事前の調査抜きにそう思い込むこそが驕りだ」
咄嗟のリリスの切り返しは予想外だった。一瞬光った鋭い眼差しが、この女が只者ではないということを示している。普通の女性だと思っていたが……なかなか食わせ者だったようだ。さすがはスタンの血縁者ということか。この鋭いところから考えると、もしかしなくとも奴以上の存在なのかもしれない。
「確かにそうね。驕れば隙ができる。戦闘での隙はともすれば致命的なミスに繋がってしまうもの」
「………」
「あそこで出てくるモンスターは、ウィルオウィスプ、シースラッグ、ショヴスリ、スターフィッシュ、ストーアウォーム、バジリスク、ルーンビートル、マンドレイク……だったかしら。特に問題のあるモンスターではないけれど……強いて言えばバジリスクの石化攻撃には気をつけた方がいいわ」
「感謝する」
「いえいえ、可愛い甥っ子のことを考えればお安い御用だわ。……あなたみたいな人がカイルについてくれていて良かった。ルーティさんも安心ね」
「………そうだろうか」
「きっと思うわよ。それにレクシアからも聞いたわ。みなさんと一緒に出るんですってね」
「ああ」
「みなさんとだったら安心だわ。………あの子は、戦えないから」
「どういうことだ?」
見知った名前が出て、しんみりしていた所に思わぬ事実を突き付けられて驚きが隠せなかった。
「先ほど薪運びを手伝ったのだが、腕力の問題はないようだが」
「そういう問題じゃないのよ。昔に何かあったんじゃないかしら。モンスターを見ると、可哀想になるくらい怯えちゃって……」
とても戦いは……。と漏らしたリリスの表情はあくまで真剣で、彼女が偽りの情報を漏らしているとはとても考えられない。
「締まった体型をしているから、それなりに出来ると踏んでいたのだが。……レクシアから白雲の尾根のモンスターにやられたところをあなたに保護されたと聞いた。戦えない人間があの方向感覚の狂う場所を一人で彷徨うのは無茶を通り越して無謀だ」
「……それで私にモンスターのことを聞いてきたのね。」
「ああ」
「正直、私も戦えないあの子がリーネの近くで倒れているのはビックリしたわ」
それに……とリリスは声を潜めて、次の言葉を告げた。
「私が見つけた時、その……レクシアは信じられないくらい傷だらけで倒れていたの。……これから話すのはあくまで私の仮説だから、それを踏まえて聞いてちょうだいね」
「なんだ」
「あなたが考えていたように、変異でとっても強いモンスターが出ているかもしれない。……もしかしたら野党の類かも。あの子は人目を惹く姿だから……ここから先は分かってくれるわよね?レクシアは多分、普通に戦える女の子だったと思うの。でも白雲の尾根で恐ろしい何かと出会ってしまって、歯が立たなくて……その恐怖で戦えなくなってしまったのかもしれないわ」
一応私の方でも調べてみたんだけど、何も見つからなくて。かといってハイデルベルグまではなかなか出ていくことができなかったから、みなさんの申し出は本当に助かったの。だからよろしくお願いします。
そう言って頭を下げたリリスの真髄の姿は、逆に含みを持って質問してきたこちらの方が居心地が悪くなるくらいで。
「……無事に送り届けるよう、約束しよう」
結局、そんな約束をしてしまう羽目になった。
『何だかよく分からないことになりましたね』
「レクシアの言っていることは一貫しているようではある」
簡潔な説明になってしまったのは、自分の怪我の度合いを説明し辛かったということ。そう考えれば辻褄は合う。
「………なぜこんなに意地になってしまうのだか」
別に、別人でもいいじゃないか。ここまで拘らなくても。
もしもレクシアがだとして。何の反応もないということは、もう僕とは関り合いたくないということの裏返しではないか。そもそも今さら会えたとしてもお互い気まずくなることはもう十分分かっているじゃないか。名乗りを上げないということはそれだけの理由があるということだ。まさしく、自分と同じように。
『坊ちゃん。坊ちゃんは……後悔していますか」
唐突に、シャルは言った。
それがあの時のことを指しているのは、シャルが僕の言うことを察することが出来るように、僕も察することができた。
「………選んだことに後悔はない。けれど、最初の間違いだけは」
突き詰めてしまえば、馬鹿みたいな嫉妬心が全ての始まりだった。そんなくだらないもので、本当は守りたかったはずの思い出を滅茶苦茶に叩き割ってしまった自分の愚かさが憎い。
陽だまりの中、笑っていたはずの女の子。
その手を握って導いてあげた過去は、確かに存在していたはずなのに―――…一体どこでかけ間違えた。
何もかも失ってしまった今だからこそ分かる。馬鹿みたいに死んだはずの人間を追いかけようとする滑稽な自分が見えるから気づいてしまう。
空しい虚勢を張り続け、頑ななまでに認めなかったけれども本当は………きっと僕は。
――――小さくて柔らかいてのひらをもったあの子が、多分、初恋だったんだ。
レクシアの浮かべるそれと少し違う、締まりのないふにゃふにゃした笑顔が胸の中をよぎる。死んでからこんな取り返しのつかないこと、気付きたくなんてなかった。
翌日、いつもの時間にいつも通りに目が覚めた。
昨晩の内に集めたレクシアに関する情報だけでは判断するのは難しい。そんなわけで結局保留となってしまった結果だったが、レクシアの同行が決定した今それは些細な問題だ。リーネからハイデルベルグまでは十分すぎるくらいに距離がある。
「おはようございます。今日もいい天気ですね」
あくまで他人行儀名な口ぶりのレクシアが起き抜け草々顔を出した。―――必ず、はっきりさせてやる。あいつそっくりの顔で、何かされる度に反応するだなんて真似はまっぴらごめんだ。
「一通りのご挨拶と準備は出来ました。いつでも出れますよ」
「随分早いな」
「田舎の朝は早いですから。皆さんもう起きてるんです」
「カイルにも見習わせたいものだ」
「ふふ、まずは習慣付けるところからですね?」
「無理だな」
即答したのが相当おかしかったらしい。口元に手を当ててレクシアが楽しそうに笑っていた。
「リアラさんもお目覚めになっているし、そろそろ起きても貰わないと」
噂が本当で、それがカイルさんにも遺伝していたら大変。ちっともそんなこと思っていないくせに口だけは深刻そうに言うところからも、喰わせないレクシアの性格が伺える。まったく、何でこんなことになった。……今回は概ね自分のせいか。
「いけない!その前に聞きたいことがあったんだわ」
「何だ」
「みなさんってどういう目的で旅をしているのか、出発前に聞きたくて」
リリスを手招きしながら言うような台詞か?……とも思ったが、面倒なことになりそうなので、この際疑問は流しておく。
「ああ。――――英雄を求める旅路、といったところか」
「え?」
「詳しくはリアラから聞いてみろ。僕からはこれしか言えない」
「分かりました。あとで聞いてみますね」
と、レクシアが頷いたところでお玉とフライパンを手にしたリリスが、カイルの前で仁王立ちをしていた。嫌な予感がする。
朝っぱらから騒がしい騒音で近所中に寝ぼすけの存在を知らしめたのは、それから数秒後のことだった。
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