公報誌を発行するらしい。
なんでも、厄災対策で兵の絶対数が足りないらしく、増員が必要だそうだ。とは言え、兵ってのは降って湧いてくるものじゃない。お上としてはお触れを出して大々的に募集をかけるそうだが、将校クラスとなると話は別になってくる。所謂エリートってやつだな。
剣技は勿論のこと、戦闘技倆の才幹、人品も重要視されるだけあって、登り詰めることが出来るのは学校を出た奴でもごく一握りだ。それでも、由緒正しき騎士学校を出たエリートを増やしたいってわけだろうな。それで、学校の宣伝を兼ねた公報誌を発行するということになったらしい。
マジか。と思ったが、マジらしい。お上っていうのは、分からないもんだな。
公報誌を作るとなると、当然掲載する中身が必要になってくる。まずは興味を持ってもらわなくちゃ話にならないからな。小難しさより分かりやすさだ。華があればなおいい。
幸か不幸かこの騎士学校には、ハイラル軍主力になるだろうことがほぼ確約されているといっても過言でもない、おあつらえ向きに華がある奴がいたのが、事の発端になる。
「断ると思ってたから、意外だな」
栄えある公報誌第一弾特別インタビュイーに白羽の矢が立ったのは、案の定というべきか、リンクだった。
何せリンクは飛び級が認められるほど身体能力が抜きんでている。同期は勿論のこと、恐らく学校一の実力者だ。本人の努力の甲斐あって座学もそこまで悪くない。むしろ、勤勉という点においては申し分ないだろう。学校側としてはこれ以上推しやすい人物はいないってわけだ。
「別に。断る理由がなかったから」
おっと、そっちだったか。
リンクは猫みたいな奴だが、基本的には長いものに巻かれる。そうした方が余計な衝突をしないですむからだろう。こいつなりの処世術とも言える。
「時間とられないのか?」
「質問に答えて、何枚か写真を撮るだけらしいから」
「それ結構面倒なやつなんじゃないか」
「そうなの?」
リンクはきょとんとしたような顔になっている。やれやれ。この調子だと分かってないな。
「写真を撮ったことは?」
「……ない、けど」
シーカー族の古代技術には一瞬でフルカラーの写真が撮れてしまう便利グッズがあるとは、当時の俺たちは知る由もない。
したがって、下々の者である俺たちに馴染みがある写真はと言えば、写真館据え置きのスタジオカメラで、衣装もポーズも指定された上できっちり撮影する類のものだ。
なんで知ってるかって? 一回撮らされたことがあって、死ぬほど窮屈な思いをしたんだよ。
「もしかして、結構大変?」
「ああ。こーんな窮屈な思いをすることになるぞ」
身振り手振りで示してやれば、リンクはこれ以上ないくらい分かりやすく顔をしかめた。やっぱり分かってなかったか。
「今からでも辞退しようかな」
「無理だろ」
「…………」
そんな顔をしても俺には決定権がないんだからしょうがないだろ。恨むなら安易に返事してしまった自分を恨んでくれ。
「……ケイは撮影したことがあるんだっけ」
嫌な予感がする。恐る恐る視線を下げると、じっとりと見上げてくるリンクと目が合った。
なんだ。俺に付いて来いって言ってるのか。
リンクは変わらず、じとっと俺を見上げている。無言の癖に圧だけは強い。とうとう根負けして、俺は息を吐いた。
「分かった。立ち会うよ」
それでいいかと言えば、心なしか満足そうにリンクが頷いたので、まあ、良しとしよう。あーあ。俺もすっかり甘くなっちまったもんだね。
* * *
撮影は案の定、写真館で行われるそうだ。
誌面に載せるものだからな。まあ、それなりに金をかけてるってことなんだろう。撮影のタイムスケジュールが組まれているようで、リンクが指定されたのはほとんど日が暮れるといっても差し支えのないような時間だった。
「制服じゃないのか?」
「それは後で撮るんだって」
すたすたと歩くリンクは訓練用の兵装姿だ。なるほど。準備に時間がかかる兵装を先に撮っておいて、後で着替えるのが楽な制服に変えるって訳か。
写真館はそこそこ繁盛しているらしく、ハイラル城下町の表通りに構えてある。店先には引き延ばした白黒写真がいくつか飾られてあって、派手なドレスを身に纏った貴婦人だったり、甲冑を身に纏った騎士だったりと様々だ。店主は手広く仕事をしているらしい。
「うわぁ」
店先に悪趣味だとしか言いようのない派手な馬車が留まっている。おいおい、まさかお貴族様が来てるんじゃないだろうな。……って、いつの間にかリンク先に行ってるし。おい、置いてくなって。
「いらっしゃい!」
写真館のドアを潜ると、俺らとそう年の変わらない若い男がカウンターから立ち上がった。恐らく店の人間だろう。慣れた手つきで台帳を捲り、人懐っこい笑顔を俺に向けている。
「中央騎士学校のリンク様ですね。先ほど丁度、前の方の撮影が終わったところです。替えの御召し物などは一旦そちらの更衣室にお預けになって頂いてからスタジオでの撮影になりますね」
「あー……。えっと、俺はただの付き添い。リンクはこっち」
「ええっ!? 騎士学校の生徒さんが来ると聞いていたので、てっきり……」
まさか俺の隣に立っているチビッ子がリンクだとは思っていなかったのだろう。店員は明らかに驚いた表情になって、俺とリンクを見比べている。まあ、自分より小さい相手が騎士の卵だとは普通思わないよな。
「し、失礼しました!」
「いいよ、別に」
リンクもリンクで慣れたものだ。面倒なことはさっさと終わらしてしまいたいのだろう。「更衣室はここ?」と目に入るドアを差している。
リンクはドアノブに手を掛けようとしたが、生憎それは叶わなかった。開ける前に勝手にドアが開いて、中からどこかで見たことのあるような、むっちり体形の男が出てきたからだ。
「なんだ。おまえも撮影なのか」
その嫌味ったらしい声音ですぐ思い出した。学年は一つ下だったと記憶しているが、確か成金貴族(爵位を金で買ったともっぱらの噂だ)の次男坊で、いわゆる〝どこで何が起きてもパパが飛んできて助けて貰えると思い込んでいる〟典型のような奴だ。あー、店先の悪趣味な馬車はこいつのだったのか。ていうか、そのくらい歩いて来い。
「まったく。父上の寄付のおかげで運営しているというのに、ちょっと剣が出来る程度の平民を使うだなんて、学校も一体何を考えているんだ」
聞いてもいないのに答えてくれるなんて、親切過ぎて涙が出ちゃうね。
対するリンクはというと、表情一つ動かしていない。今でこそ落ち着いたものの、一年の時に相当難癖付けられていたからな。こういう手合いは相手をしないのが一番だと分かっているんだろう。
「おい、僕の言う事が聞こえていないのか? お前のような平民が来るところではないと言っているんだ。さっさと貧乏人らしく寮に戻れと……」
「荷物はここでいい?」
「あっ、は、はい」
しれっと無視して店員とやりとりしてるし。これは、相手をしないって決め込んだパターンかな。
リンクはてきぱきと準備を整えると、さっさとスタジオのドアを潜っていった。
パタン、とドアが閉じる音がする。
相手にすらされず、顔を真っ赤にして次男坊はぶるぶるとしている。まあ、そうなるわな。
「んじゃ、そういうことで」
一応俺は付き添いだしな。次男坊の怒りの矛先がこちらに向かう前に、俺もさっさとスタジオに入ることにした。残された店員には悪いが、ここは務めだと思って一つよろしく。
ドアを潜ると、意外にもスタジオの中は広々としていた。その中央にでんと鎮座しているのがスタジオカメラだ。木製の大きな箱の中に小さなレンズが一つ。中に専用の薬品を塗ったガラスが入っていて、それがネガになるらしい。
まあ、小難しいことは俺にもよく分からない。とにかく、こいつを使えば、写真を撮れるって訳だ。
「部外者はお断りだ」
リンクと話していたらしい髭もじゃの男(多分店主だ)が、俺を見るなり気難しい顔になる。
「付き添いに頼んだんだ。邪魔はしないから」
「頼むよ。俺は隅っこにいるからさ」
今からこの扉の外に追い出されるのは御免被りたい。
「……邪魔はするなよ」
俺の願いが届いたのか、店主がリンクの頼みを受け入れたのか、そのどちらかは分からなかったが、どうやら俺がスタジオに滞在することは許されたようだ。
とは言え、本当にただの付き添いなのでやることはない。付いて来いと言った張本人のリンクは殊勝に店主の言う事を聞いていて、せっせと指定されたポーズを撮っている。
シャッターが下りるまで六秒くらいはかかる筈だから、結構しんどいんだよな。ところがどっこい、リンクはその鍛え上げた体幹でピタリと要望通りのポーズをとっている。これには気難しそうな店主もニッコリだ。
「あんちゃん、すげえな。じゃあこういうポーズはどうだ?」
店主はすっかり興が乗ってしまったのか、兵装のリンクに次から次へと指示を出している。
「おい、そこのでけえあんちゃん! やることねえなら、レフ版持っとけ!」
何故か俺までこき使われることになってしまった。やることも特にないので、言われるがままに丸い板を持ち上げる。
「違う、違う! もっと下に構えて。でけえんだから、屈んでくれ!」
すいませんね。足が長いもんで。
勿論黙って、俺はしゃがんでレフ版を掲げた。そうすると光が反射して、リンクの顔が明るくくっきり見えるようなる。
「……へえ、すごいな」
「逆光で撮影している場合は、レフ版で光を反射させてやるとモデルに光が当たる。このひと手間があるかないかで写真の仕上がりが変わるってもんだ」
「なるほど。ほら、リンクしゃきっとしろ」
「なんで俺が指図されてるの」
「ただの付き添いだったのに俺まで仕事してるんだから、このくらいいいだろうが」
そんなやりとりをしている内に、店主はシャッターを切っていく。途中、せっかくだからと俺の写真も撮って貰った。何でも手伝いの駄賃らしい。なかなかない経験なので、ありがたく貰っておくことにする。
(……ん?)
撮影もひと段落して、ひとまず休憩という事になったので、なんとはなしに壁に寄り掛かったのがきっかけだった。
妙な物音がしたような気がしたのだ。確か、この位置は更衣室のあった場所だったような気がする。
「ちょっとトイレ」
「おう。トイレは部屋出てすぐ右手だ」
いつの間にかすっかり気を許してくれたのか、店主はご丁寧に場所を教えてくれた。俺は頷いてドアを潜る。目指す先は勿論トイレではなく、更衣室だ。
「……おい」
嫌な予感ってのはつくづく当たるもんだね。
案の定というか、更衣室に先客がいた。お帰りになった筈の悪趣味馬車の主、成金次男坊だ。また分かりやすく、リンクが置いていった制服に手をかけている。
「リンクに相手されないからって、私物に八つ当たりとは随分せこい真似するな」
「う、うるさいっ! 忘れ物があったから取りに来てたんだよ!」
まさか更衣室に戻ってくる奴がいるとは思っていなかったのだろう。次男坊は分かりやすく慌てている。
「こんな小汚い服なんて知らないからな!」
制服を投げつけられたが、見たところ破かれたりはしてなさそうだ。一応未遂って訳ね。実質ほぼ現行犯みたいなもんだろうが。
「ふうん。まあ、そういうことにしといてやるよ」
「その制服、お前もうちの生徒なんだろう? なのにリンクの腰巾着みたいなことして……ははあ、さては将来取りたてて貰おうと考えてるのか?」
「……は?」
なに言ってんだこいつ。思わず変な顔になってしまったが、次男坊は俺のことなんざ気にしていないのか、べらべらと捲し立てている。
「金のない平民が取り立てて貰うにはそれが一番早いからな。出世頭と言われているリンクの傍にいればうまくいくと考えたんだろう? そういうことなら話が早い」
脂ぎった顔をにんまりとさせて、次男坊は俺を見た。
「だったら僕の下に就け。僕が父上に一言頼んだら、お前の出世を確約してやるぞ」
一瞬、言われた意味がよく分からなかった。出世したいから俺がリンクの傍にいるって? その方が有利に働く? そんでもって、こいつに就けば、確実に出世させてくれるって?
「あっはっはっは!」
「な、何がおかしい!?」
「いや、お前があんまりにもおかしなこと言うからさぁ……。ははあ、そう来たか」
確かにリンクとつるむことは多いが、そういう風に見られていたとは。これは笑ってしまってもしょうがないというものだろう。
「俺がリンクとつるんでるのは、あいつと一緒にいると面白いからだよ」
次男坊は訳が分からないという顔をしている。ま、そうだろうな。リンク本人に伝えても伝わらなかったことを、赤の他人がすぐに理解できるとは思っていない。
「そういうことだから、出世とかそういうのは関係ないんだ。俺が好きで勝手にやってることだから、悪いけどお前の誘いには乗れないな」
断られた、ということは理解したらしい。次男坊は瞬間湯沸かし器みたいに顔を真っ赤にしたが、生憎体格は俺の方がいいもんでね。
それは相手も分かっているのだろう。でかい俺を前に、次男坊はたじろぎながらも負け惜しみのように声を上げた。
「そ、そんな酔狂な奴ならこっちだってお断りだ! 僕はもう帰る!」
おう、さっさと帰ってくれ。俺は全然引き留めたりしないから。
どたどたと慌ただしく更衣室から出ていく次男坊の後ろ姿を見送っていると、不意に奴が振り返って俺を見た。
「大体、お前は一体リンクの何なんだっ!」
出世には興味がない。面白いから一緒にいる。そういう俺みたいな奴は、こいつにとっては理解不能だったに違いない。尋ねられた言葉に、さて、どう答えるべきか。
「強いて言うなら、そうだな……」
保護者、とも違う。単なる同級生、と言えばそれまでなんだけど、あれでも一応年下だからな。
「――先輩、かな」
うん、そうだ。リンクの先輩。
しっくりくる言葉が見つかって、俺は満足した。
* * *
林檎の花びらがはらはらと舞っていく。
写真館での撮影の帰り道。学校の外周にある林檎並木はもうすっかり見頃を終えて、ほとんど散りかけていた。淡い色彩の花びらがまるで絨毯みたいに降り積もった道の中を、俺とリンクは歩いていく。
「……さっき」
それまで無言だったリンクが不意にぽつりと言葉を漏らす。
「トイレに出ていった時、何かあった?」
勘のいい奴め。制服は無事だったし、その後の撮影にも影響はなかった。だから、更衣室での次男坊とのやり取りをリンクは知る由もないのだが、この通り察しは悪くないから、何かあったことを感じ取ったのだろう。
「別に、何も」
「……そう」
俺が特に何も言わなかったので、会話はそこで途切れてしまう。代わりに、林檎の花びらがまるで雪みたいに深々と降っていた。
「頭、すごいことになってる」
「ん? ああ。……これで取れたか?」
花びらが頭についていたのだろう。適当に髪を手で払ってみたのだが、リンクはふるりと首を振った。
「取れてない」
とは言っても、自分では見えないもんだしな。後で鏡でも見て取っておくか。
「屈んで」
そう思っていたのだが、どうやらリンクが払ってくれるらしい。とは言え身長差がありすぎるもんだから、俺がしゃがまなければリンクの目線には届かない。俺は言われるがまま、リンクの目線が届く位置にまで腰を下ろすことにした。
リンクの腕が伸びてくる。
訓練で小さな傷ばかりこさえたよく焼けた肌だ。俺も負けてはいないと思うのだが、それでもリンクは人一倍の努力家だった。天才だと色んな奴が言うが、リンクは自分の才能に胡坐をかかない。……本当に凄い奴なんだ。
「ありがとう」
耳元で微かな声が聞こえて、思わず俺は顔を上げる。
照れ臭かったのか、リンクはもうそっぽを向いている。だけど、その長い耳が微かに赤くなっていたことを俺は見逃さなかった。
律義な奴め。
「何のことか分からないね」
立ち上がって口にすれば、リンクはきょとんとした顔になって、それから少しだけ笑った。
「遅くなっちまった。さっさと飯食って寝るぞ」
「うん」
それは、ある日の出来事。
振り返って考えてみれば、俺とリンクの思い出の中には林檎並木はよく出ているような気がする。それだけ馴染み深い場所だったんだろう。
発行された公報誌には何故だか俺の写真まで載っていて、驚いたのはまた後日の話だ。